バンテアイ・クディ
バンテアイ・クディ
「僧房の砦」という意味があるこの遺跡は、もともとはヒンドウー教寺院として建てられたが、その後ジャヤヴアルマン七世によって仏教寺院にに改造された。そのため東西を貫く道沿いにはリンガの台座や新しい仏像などが祭られているヒンドゥー敦様式と、仏教様式が混ざり合っている。
寺院の構成はバイヨンと共通するものがあり、四重の周壁で囲まれた中に伽藍が展開している。ラテライトで囲まれた周壁を東塔門より入ると、東テラス、楼門、参道テラス、前柱殿、中央祠堂などの中核を担う施設が立ち並ぶ。
この寺院も幾度となく増築が繰り返されたとされ、周壁の構造や建築資材などにより垣間見ることができる。現在は十字形の回廊で囲まれた内部構成をしているが、当初は独立した祠堂となっていた。外側の周壁の内側も散策できるようになっていて、定期的に考古学の調査も行われている。