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タ・プローム
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タ・プローム
ガジュマルの大木の下で記念撮影をする観光客。タ・プロームでは
定番の光景となっている。この巨木は今回のアンコール遺跡観光で最も
印象に残ったものといってよいだろう。
まるで、巨大なオクトパスに破壊されるようなタ・プローム遺跡。
遺跡のいたるところにめり込んだ木の根は、
数百年という単位で、遺跡を締め上げるよう破壊を続けている。
そのため修復作業にはこのガジュマルの木を取り除くかどうか
賛否両論になっているようだ。
しかし、私はこのガジュマルの木の除去には猛反対したい。
なぜかというと、元来、ガジュマルの木には昔から精霊が宿るといわれ、
日本では神木とされ大切にされている。信仰の対象とさえなっている。
さらに、その神秘的な生息にも注目したい。
ガジュマルの木は「歩く木」という異名を持ち、まず、ガジュマルの幹となる木根
が枝から垂れ下がってきます。その木根は十数年で地上に達し、やがて、大きな幹と
なり本体を支えるとともに、長い年月をかけて横へ横へと成長していきます。
ゆえに「歩く木」と呼ばれる所以でもあり、その神秘性から神木として
崇められたと思われる。が、これは日本での話しで、カンボジアでは
どのように思われているかは定かでない。
しかし、日本と同様にこの時代に神木とする向きがあったかどうかは謎だが、
仮に、神木として崇められていたのだとすれば、造営時にはまったく想像も
つかない現在の状況に、天空から「人間の造りし物と自然が共存した最高傑作」
といった声が聞こえてきそうな思いに駆られるのである。
屋久島-ガジュマル公園参照
タ・プローム概要
ジャヤーヴァルマン7世により12世紀末に仏教寺院として建立された寺院で、
1186年の創建当時は仏教僧院であったが、後にヒンドゥー教の寺院に改宗されたと見られる。
そのため、仏教色の強い彫刻の多くが削り取られている。
東西1000m、南北600mものラテライトの壁に囲まれた広大な敷地の中にあり、
当時、僧院には5000人余りの僧侶と多くの踊り子が住んでいた。
周壁の内部は迷路のように入り組んでいるが、これは何度も増築が行われたことを意味している。
建物の大部分が砂岩でできていて、周壁や住居部分にはラテライトが使用されている。
タ・プロームとは「梵天の古老」を意味し、ジャヤバルマン七世が母のために建てた仏教寺院で、
スポアン(ガジュマルの一種)が絡みつき、遺跡を崩壊へと導いている。
成長とともに遺跡を破壊し続ける自然の猛威をどう受け止めるかは議論が絶えない。
タ・プロームの修復
ガジュマルによる浸食が激しい。三重の回廊に覆われた遺跡には、文字通り樹木が食い込んでいる。あまりの酷さにインド政府はタ・プロームの修復計画を発表した(インドはタ・プロームの修復を担当している)。しかし、現在ここで議論が沸き起こっている。熱帯の巨大な樹木は遺跡を破壊しているのか、それともいまや遺跡を支えているのかという議論である。
一般に遺跡の修復というものは、崩れている石材を積みなおし、失われた部材は補充してかつての姿を取り戻すために、作業計画を立案する。しかし、タ・プロームから巨木を切り払い、崩れている石材を元に戻した場合、この遺跡の魅力はなくなってしまうのではないのだろうか。だがこのままほうっておけば、遺跡は跡形もなく崩れ去ってしまうかもしれない。 2006年10月現在、この遺跡の修復方針をめぐって、ユネスコを中心とした活発な議論が継続中である。
Wikipedia参照
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